ケーススタディCASE STUDY

医師国家試験の臨床問題形式17症例で、解説があります。

CASE16輸血拒否患者

<症例提示>

75歳女性
主訴:右股関節痛
既往歴:家族歴に特記すべきことなし

<臨床経過>

数年前より右股関節に痛みがあった。徐々に強くなり歩行に支障をきたすようになったためK総合病院の整形外科を受診した。問診、診察所見に加え、股関節の画像診断で変形性股関節症による右側股関節の人工股関節置換術が必要と診断された。
整形外科外来で、手術及び術前検査に関する説明、輸血治療に関する説明などが行われた。今回の手術手技では手術時間は通常2時間から2時間半、出血量は術中300~500ml、術後 300~1,000mlであり、出血量が多くなった場合輸血が必要である事が説明された。
身長163cm、体重50kg。血液検査では赤血球 370万、Hb 11.8g/dL、Ht 35.5%、 肝機能・腎機能・凝固線溶系の異常は認めず、感染症検査でも問題はなかった。

<学習課題1>

この症例では手術中や術後おいて輸血が必要とされる可能性がある。この症例での輸血治療について誤っているのはどれか?
  • ① 同種全血輸血を考慮する
  • ② 同種赤血球輸血を考慮する
  • ③ 貯血式自己血輸血を考慮する
  • ④ 回収式自己血輸血を考慮する
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      <学習課題1>

      この症例では手術中や術後おいて輸血が必要とされる可能性がある。この症例での輸血治療について誤っているのはどれか?
      • ① 同種全血輸血を考慮する
      • ② 同種赤血球輸血を考慮する
      • ③ 貯血式自己血輸血を考慮する
      • ④ 回収式自己血輸血を考慮する
      <解答と解説>

      解答①

      手術における出血に対する輸血治療の選択として、同種赤血球輸血・血小板輸血・血漿製剤などの輸血の他、血液学的・体 力的に余裕がある待機的手術の場合は自己血輸血を用いることが有効である。本症例では、血液検査・体格を考慮すれば自己 血輸血が可能と考えられる。自己血を積極的に利用することが、安全な輸血治療と血液製剤の有効利用のために求められる。全 血輸血は同種抗原・抗体などが大量に含まれる他、容量負荷も大きく輸血副作用の危険性が高いため現在の輸血治療では基本 的には用いるべきではない。よって、誤りは(1)となる。

<臨床経過2>

手術の説明を実施中に患者さん本人から話があった。「私は長年、ある宗教の熱心な信者です。その教義にある通り血 液を体に受けることはどうしてもできません。どうか絶対に輸血 はしないで下さい」
そして、患者さんはその宗教団体が作成した「輸血拒否及び免責 証明書」に自署し、主治医に渡した。
その後患者さんのご家族も交えて話をした。その際、ご主人と二人のお子さんはその宗教の信者ではなく、3人は「輸血をしないと命に危険があるのであれば、ぜひ輸血をして下さい」と主治医に話した。

<学習課題2>

この時点で、主治医がとるべき方法として誤っているのはどれか?
  • ① 主治医のみで、輸血をしない手術の方法を模索する
  • ② 輸血をしない場合、命に危険が及ぶ可能性が高くなることを説明する
  • ③ 患者さんが受け入れ可能な治療についてさらに検討する
  • ④ 手術をせず他院を紹介する
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      <学習課題2>

      この時点で、主治医がとるべき方法として誤っているのはどれか?
      • ① 主治医のみで、輸血をしない手術の方法を模索する
      • ② 輸血をしない場合、命に危険が及ぶ可能性が高くなることを説明する
      • ③ 患者さんが受け入れ可能な治療についてさらに検討する
      • ④ 手術をせず他院を紹介する
      <解答と解説>

      解答①

      輸血拒否患者とは、宗教的あるいは学問的信念に基づき輸血治療を拒否する患者をいう。あらゆる輸血治療を拒否する場合や自己血であれば認める場合など、拒否のレベルは多様である。その場合、どのような製剤なら使用可能であるか、また命への危険性を認容していることなど、患者と具体的に話し合い、その内容をカルテに記載することが必要である。
      2000年2月29日、宗教的信念に基づく輸血拒否に対して最高裁判所の判決が出され、その中で患者の自己決定権の尊重、患者と医療者で交わした契約履行 義務という方針が示された。すなわち、輸血拒否患者の意思を尊重し輸血をせずに診療する(絶対的無輸血)という決定を下して診療を開始した場合、たとえいかなる事態になっても輸血できない。
      また、同判決の中で患者と担当医の意見の一致が認められない場合、時間的に余裕のある状況下では、「患者は患者の意思を尊重する病院に転院する方法もある」との判断も示された。
      また、自己決定権を有する成人の患者で輸血拒否の意思が明確に表明された 場合、家族の意思に関わらず患者本人の意思が尊重される。

      輸血治療を拒否される宗教団体による「無輸血治療のお願い」と題する論文では、「真のインフォームド・コンセントは医師の行いたい治療への誘導的説明によるものではなく、正しく患者自身の意 思により治療を選択できるように説明・同意を得なければならない」としている。また、「治療上の意思決定は医師と患者が共同して行うべきであるが、共同決定ができない場合は直接の利益・不利益を被る患者に最終決定権が与えられるべきである」とも述べている。そして、意識障害時にもその輸 血拒否の意思を主張する「医療上の宣言証書」を携帯していること、また待機的な手術に関しては 「輸血謝絶 兼免責証書」を提出することを述べており、いかなる状況でも輸血を拒否し輸血以外の最善の治療がなされれば死を含めたいかなる損害が生じても医師や病院の責任を問わないという。
      しかしながら、医療を提供する側でも各医療従事者・各病院によって医療に対する倫理観は多様で ある。「患者の救命は患者の自己決定より優先される」という考えもあれば、「救命より患者の自己 決定を尊重するべきだ」という考えも可能である。各医療施設における方針、そしてそれぞれの医療従事者の倫理観により何を最善とするかは異なってくる。
      患者と医療従事者との間に生じる倫理上の不一致は個人では判断が難しい。個人に責任を負わせる のではなく、必ず院内の倫理委員会に事前に諮り具体的な対応について総合的に検討した上で、病院として最終的な判断を行うことが望まれる。一部の診療科や医療従事者個人で決定を急がないことが重要だと考えられる。

      以上より、本設問の(1)の主治医のみで対応を模索することは避けるべきものと考えられ、誤りとしたい。

<臨床経過3>

K総合病院では、自己決定権のある成人患者さんに関しては輸血拒否に関する希望についてもできる限り尊重し無輸血手術の可能性を検討するという方針をマニュアルで規定している。それに基づき 倫理委員会の検討を経て、その可能性について患者さんやご家族と繰り返し話し合いが持たれた。その際、主治医に加え麻酔科および輸血部の医師さらに看護師を交え、輸血をしないことに伴う危険性 や、それ以外の選択肢の可能性を呈示した。その中で自己血輸血の説明を行った。自己血輸血には貯血式、希釈式、回収式という方法があることをその手技の詳細を説明した。しかしながら患者さんご本人は、一旦体外に保存した血液は自己血でも使用することができず、貯血式や 希釈式の自己血は輸血を受け入れられないと主張された。しかし術中回収式であれば輸血を受けることに抵抗は感じないと話された。
これらの情報を元に、各科横断的術前カンファレンスが開かれた。主治医の他、多くの科から集まった臨床医師に加え手術部医師・輸血部医師らが参加し十分な術式検討を重ね、出血量の予測を綿 密に行った。その結果、術中回収式自己血輸血を用いることで、同種血輸血を行うことなく安全な手 術が可能であるものと判断された。その旨を患者さんとご家族に伝え、無輸血による手術の実施が患者さん・医療機関の合意の上で決定された。
2週間後、手術部医師・輸血部医師・ME技師らの参加の下、右側股関節の人工股関節置換術が実施され、無事に終了することができた。術中・術後の総出血量は900mlとされ、血液回収装置で回収された血液を洗浄した自己血430mlが輸血に用いられた。その後軽度の貧血は認めたが、大きな 問題なく経過した。その後、順調にリハビリテーションを行い退院となった。ご本人もご家族も満足され、ご本人は特に感謝の意を表して退院された。

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<解答と解説>

輸血拒否患者の治療に関しては、前述したように医療を提供する側でも医療に対する倫理観は多様となる。それは医療機関や医療従事者の信念の問題とも言える。この問題は「患者の自己決定権」と「医師の自己決定権」のどちらを重視するか、と言い換えることもできる。さらに、未成年者の場合、小児の場合、自己決定能力の有無など多くの要因を考慮して輸血治療の是非を検討する必要がある。
医療機関では対応に関して倫理委員会や専門の委員会などで十分検討の上方針を決定し、マニュアル等による周知を行うことが求められる。医師はそれに基づいて輸血治療に関して患者さんとの話し合いを行うことが必要であり、それらを踏まえて治療方針を決定することが重要である。
患者と医療従事者との間に生じる倫理上の不一致は、簡単には解決がつかないことが多く、個人では判断が難しい事例も多い。個人に責任を負わせるのではなく、病院として多方面の知恵や見識を結集することにより良い解決方法を見出していくことが重要となる。このような状況を踏まえ、宗教上の理由による輸血拒否については必ず院内の倫理委員会に事前に諮り、具体的な対応について総合的に検討した上で病院として最終的な判断を行うべきである。また、医療的観点から見てみると、厚生労働省が平成17年に改正した「輸血療法の実施に関する指針」では「輸血療法には一定のリスクを伴うことから、リスクを上回る効果が期待されるか否かを十分に考慮し適応を決める。輸血量は効 果が得られる必要最小限に留め、過剰な投与は避ける。また、他の薬剤の投与によって治療が可能な場合には、輸血は極力避けて臨床症状の改善を図る」とされており、適正輸血の観点も含め輸血は極力避けることは日常診療でも望まれている。しかしながら、臨床において救命のために輸血が不可欠 である場合が生じることは避けられない。そのような場合に、輸血拒否患者への治療をどう選択するかも前もって十分な検討を行うことが必要である。

また、法的観点から見てみると、医療従事者は宗教上の理由による輸血拒否への対応において、救命を優先しても患者の自己決定を尊重しても、患者・家族からの医療訴訟や、刑事訴追を受ける不安が生ずる。
日本医師会が2008年 6月に改定した「医師の職業倫理指針」によると、「(略) 医師は2つの方向で対応できる。
第1は、輸血することを明確に説明して患者に自己決定の機会を与え、患者が拒否した場合には治療を断る対応である。
第2は、患者の意思に従い無輸血手術を行うことである。後者の場合には、無輸血下手術の際に一般的に求められる注意義務を尽くしている限り、患者が出血死しても、医師は少なくとも民事責任については責任を免れるが、刑事責任についても同様と考えられる」としている。